表現と評論5:ニュートラルコーナー

以前トラバを下さったgatiotakuさんの記事ですが
僕が「お笑い」というのを見る、そして語るという部分のスタンスを説明するのに
丁度良い文章なので引用させて頂きます。

評論ってのを思いっきり拡大解釈したら、たとえば寄席の客の反応も評論の一種じゃないかと思うんです。面白かったらウケるし、出来が悪かったり、客層に合わなかったらブーイング食らうわけで、芸人は試行錯誤と客の反応とのフィードバックで巧くなるんじゃないでしょうか。それプラス客の投票もある爆笑オンエアバトルなんかは、もしかしたら理想のシステムかもね。


僕は「プロのお笑い」っていうのは
目の前にいるお客さんを笑わせてナンボ
なのではないか?と思うのです。


お客さんを無視して自分のやりたい事だけを追求しても
それではご飯は食べていけません。


かと言って、その人のやりたい事を全く殺して
お客さんにウケるモノばかりをやればいいのかというと
それはそれで「芸人」をやるモチベーションが続かないと思います。
「自分が考えたオモロイ事」をやらないと
その人がそこで芸をやる意味がないですから。


たぶん芸人さんって、ずっとこのジレンマと葛藤してるというか
この狭間で右往左往してるんじゃないかと思うんですよね。
(コメントでgatiotakuさん
「そういえば、以前書いた『クリエイターは自分で自分を育てるものじゃないかな』っていう
僕のコメントと、今回の僕の記事は矛盾してますね…。」
と書いてらっしゃいますし。)


で、僕が芸人さんの優劣を判断する基準は
「その人が面白いと思った事を
いかにお客さんに解り良い形にして演じるか?」

だと思うんですよ。
(「解りやすい」ではなく「解り良い」です。
決して単純明快にする事が、イコール「ウケる」には
結びつかないと思うので。)


そこに必要なのは
「お客さんが何を求めてるのか?」
というのを判断できる力

あと、芸人さんってこだわりが強すぎて
1〜10まで全部自分の考えた形じゃないと
気が済まない所ってあると思うんですけど
「途中の道が多少違っても、最終的に
自分らの目指すゴールに辿り着ければいい。」
と思える柔軟さだと
思うんですよ。


そして、それを判断するには
僕が「あくまでお客さん目線」でないと
いけないと思うのです。


なので、お笑いのブログを書く人って
「芸人目線」で書く人が多いんですけど
僕は「ユーザー目線」で書く事をモットーとしています。


これはお笑いに造詣が深い人によくありがちなんですが
あんまり「芸人目線」で見ちゃうと
芸人さんが「お客さんに解り良い形にする」という事が
出来てないのに、芸人さんのやりたい事を読み取ってしまって
さも出来てるように評価してしまう事があるんですよ。


でも、これってあんまり良くないんじゃないかなー?
って思うんです。何せ「出来てない」んですから。


それでも芸人さんが「解ってない人」の前で
滑った時に「あ、まだ俺は未完成なんだ」と
理解できればいいんですけど
ほとんどの芸人さんの場合、そこで
「うそ!?なんでウケへんの!?」となって
迷走してしまう事が多いのです。


だから、あんまりユーザー側が造詣が深すぎるのも考えモノというか、
そういう人は居てもいいんですが
そういう人ばっかりになっちゃうとマズイんじゃないか?と思うのです。
だから、もうちょっとユーザー目線で書いてくれる人が
居て欲しいなぁって思ったりするんですよ。


それでこの記事の最後にある「爆笑オンエアバトル」についてですけど
オンバトはどうしても、その回に出てるメンツや
順番に左右されるという「運」の要素が大きく絡んでくるので、
決して完璧なシステムとは言えないのですが
例えば、普段baseよしもとで同じような客層の前でネタをやってる芸人さんが
「初見のお客さんの前でどういうネタをやればオンエア出来るのか?」
そして一度オンエアを獲得すると
「次どういうネタをチョイスして行けば、オンエアし続けられるのか?」という
「アウェーでの戦い方」を学べる場所として貴重な場所だと思います。